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長崎県・五島列島にはかんころ餅と呼ばれる伝統食がある。
かんころ とは、この地方で茹でて干した食材のことをいい、かんころ餅は、茹でて干した甘薯(さつまいも)と餅米をつき合わせて作ったものだ。火であぶって口に運ぶと、ほのかな香りと素朴で懐かしい甘さが広がる。
五島の人々は、この餅を正月などのハレの日に食べる祝い餅として長く愛してきた。しかしながら、留めようもない時代の変化とともに家庭で作られることも少なくなり、古くから伝わってきた味わいさえ消えつつあるという。「美しい五島の風土や、生活から生まれた素朴な美味しさを、そのままに伝えたい」かんころ餅の製造に取り組む菓子職人、高木龍男さんはそう語る。 |
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高木さんは、長崎県佐世保市で和菓子店を営む2代目。高木さんが手がける菓子には、郷土色に富んだものや、古くから伝わる手法を用いたものが多い。子どもの頃からこの地で育ち、創業者である父の仕事に触れるなかで、その素晴らしさと、変わらずにあり続けることの難しさ、大切さを肌で実感してきたからだ。かんころ餅とて同様である。
しかし現在、五島列島で干し芋を作る農家は激減し、70歳以上の高齢者が原料となる甘薯を細々と育てているのみ。このままでは、五島に伝わってきた食文化が消えてしまう。そのため高木さんは、彼らが作る干し芋に対して、ランク付けをせずにすべてを買い付けている。そうすることで存続をサポートするとともに、時間を作っては五島へ渡り、生産者のもとを訪れている。
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五島列島の北部に位置する上五島は、海から風が吹きつけ、土壌は火山灰が混じって水はけがよく、甘薯栽培に適している。しかし、平野に乏しく急な勾配が連なる畑は耕運機も入れないほど狭く、今では高齢になった人手だけが頼りだ。秋も深まって晴天が続き、北西からの冷たく乾いた風が吹き始めると、干された甘薯が島のあちこちに見られるようになる。その時期に合わせて、高木さんとともに上五島に渡った。今年78歳になる古川常義さんは、干し芋の生産農家で、夫婦で甘薯を育てている。家と畑は海を一望する小高い丘の上にある。
春に植えた芋苗がちょうど収穫期を迎える頃、古川さんは巧みに三本鍬で甘薯を掘り出し、妻のキヤさんがタワシで手際よく土を落とす。掘った芋は皮を剥き、翌朝、日も明けぬ頃から手がんなで均等にスライスし、大釜で茹でる。何度も頃合いをうかがい、絶妙な茹で加減に仕上げた芋は、大釜のすぐ前にある棚に広げられ、海から吹く寒風に一昼夜にわたってさらされるのである。
干し芋を作る3週間ほどの間は、突然の雨やカラスの襲撃などに昼夜問わず気が抜けない日々が続くが、身体が続く限り干し芋を作り続けていくと古川夫妻は言う。それは、五島の食文化を守ろうとしている高木さんへの、無言のエールに他ならない。 |
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| 高木さんは、近隣の小中学校からの依頼を受け、自らの工房を社会見学の場として提供している。仕事場には古川さんをはじめとする生産者や農場、干し芋作りの写真とその説明が随所に展示してある。「昔は家族の団欒にかんころ餅があった」「子どもたちにも、かんころ餅を通して五島の伝統文化を伝えていきたい」高木さんが守り続けているかんころ餅には、五島独特の文化と、高木さんの熱い想いまでもが詰まっている。 |
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| 無農薬、無化学肥料の干し芋で作ったかんころ餅。ほの甘くて懐かしい味がする。 |
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| 生のさつま芋を切る「手がんな」。均一に切るにはかなりの力が要る。 |
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高木さんは年に数回、上五島の干し芋生産農家を訪ねる。
中央は高木さん、両端は古川さん夫妻。 |
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