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丸城屋は、昭和23年創業の和菓子処で、現在は2代目の中原国男さんと3代目の菊池滋子さんが店を切り盛りしている。
滋子さんは、中原さんの3人姉妹の末娘。大学を卒業した後は就職し結婚、地元に戻って一児の母となり、よもや父の跡を継ぐとは思ってはいなかったという。中原さん自身も、羊羹職人の仕事は決して容易い仕事ではなく体力的にも精神的にも過酷であることは身をもって経験していたから、まったく期待はしていなかった。
しかし、事務作業を手伝いながら父の姿をみていた滋子さんは、あるとき中原さんに、自分に羊羹作りの技術を教えてほしいと願い出た。
「子供の頃から慣れ親しんできて、多くの方によろこんでもらっている父の羊羹を、ここで途絶えさすのがいやだったんです。継ぐ、継がないは後で考えよう。ともかく父が職人として頑張れるときに、これまで守りつづけた製法を教えてもらわないことには、それから先の選択の余地すらないんだって」。
それを受けた中原さんは職人として嬉しかった半面、父親としては複雑な思いだった。和菓子の職人は大の男でもよろけるほど重い鍋を抱えたり、練り上げる際には熱く煮えたぎった生地がはね散り、火傷などは日常茶飯事のたいへんな仕事である。しかし、滋子さんの思いに応え、職人として身につけてきたすべてを伝えることを決め、何年もの歳月を費やして滋子さんに譲った。 |
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早朝、丸城屋を訪ねると、まず入り口で、ほっくりとした緩やかな香りと対面する。
豆を水煮するときの香り、自家製餡している証だ。湯気の奥には、長い経験を持つ2人の寡黙な職人が、寒天を煮溶かしたり、砂糖を投入してぐつぐつと甘い泡を立てている釜の前で、それぞれの仕事を丁寧にこなしている。
しかし、その日の羊羹の出来を左右する練り切りだけは、滋子さんのみが行う作業だ。
何度も釜の生地を大きな木ベラで掻いたときの感触や木ベラから垂れる生地のとろみ、厚み、色、立ち上る香りなどをすべて感じ取り、火からおろすタイミングを見計らう。
品質の良し悪しがこの瞬間にかかっているため、周囲の空気は張り詰め、職人としての腕が試される瞬間だ。その後、熱く、程良く甘く、適度な粘度を含んだ生地は、今では珍しい漆塗りの箱に入れて成型、年季の入った乾燥庫にいれたあと室温にさらし、端整な羊羹が完成する。
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羊羹作りのほとんどを滋子さんに譲った今、中原さんの朝は、良く乾燥した羊羹を切り分けることから始まる。
使い慣れた物差しで正確に計り、その出来を確かめながら、包丁を入れて切り分ける。切れ端は必ず口にして、味のチェックも欠かさない。シャリはきちんと出ているか、豆のコクが氷砂糖の甘さにきれいに溶け込んでいるか。
そして、娘の成長に、父として職人として安堵し、目を細める。「いくらいい材料を使って、一生懸命に作っていても、美味しいと言ってもらえないようなら、やっている意味がないですけんね」。
父から娘へ。技術と商品に対しての思いは、確実に受け継がれている。 |
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| 「父の頃と同じ味と言われることが一番うれしい」と菊池さん。 |
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| 今では珍しいうるし塗りの流し型。丸城屋の歴史が刻まれている。 |
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