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こだわりの食を求めて 取材日記

2007/12/21 今だから、話せること

去年の今頃、数ヵ月後に出版する本の校正作業に追われていたときのことでした。

その本のなかにも出てくる生産者から、1本のメールが届いたのです。 「驚かないで下さいね。実は僕、ガンになったんです。それも舌ガン」

えっ!わたしは言葉を失いました。

まだ43歳だよね?それも、食べ物を作る仕事をしている人が舌ガン?

それってもし命を取りとめたとしても、仕事に支障をきたす可能性があるってことじゃない!

小さい町だから、周囲に心配かけないよう家族とわたし以外には伝えてないという。

取材でお邪魔するたびに天真爛漫な笑顔で出迎えてくれる奥さんや、かわいい3人の子供たちの顔が浮かび、 彼のショックの大きさに胸が痛みました。

連絡を受けたあと、居ても立ってもいられず、すぐに愛媛に向かい、彼の入院先にお見舞いに行きました。

病室に向かう前、拳で自分の胸を叩いて「あんた、前は看護師やったよね。 だったら、彼の顔をみても、絶対に涙を見せちゃダメだからね!」。

そう言い聞かせて病室に入り、抗がん剤や自分の置かれた状況に耐える彼の涙に看護師の笑顔で答えました。

東京に帰るとすぐに、校正中の原稿のうち、彼が登場する第3章の部分をメールで彼に送りました。

「この本は3月に出版です。その頃までには何があっても元気になっていてくださいね!」と書いて。

元気になって、というよりは、生きていて!という思いでした。多分、メールを書きながら、わたし号泣していたと思います。

決して信心深い人間ではないけど、このときばかりは神様に手を合わせて、 彼の手術の成功と味覚の存続を心から祈らずにはいれませんでした。

手術当日、長い手術だったけど無事に終わった、と奥さんから携帯にメールをもらったものの、 創部からの出血が止まらず数日後にICUに再入室。

しかも、出血部位が長いこと特定できず、 創部は尋常ではないほど腫れてしまっているとのこと。

薬で眠っている、物を言えない彼を支える奥さんは、どんなに不安だったろう。

奥さんと何度もメールのやり取りをする以外、何も出来なかった数日間の、長かったことといったらありませんでした。

何とか出血が収まり一般病棟に戻れたのは、彼の「絶対に治る」という気力と、 家族に対する思いの強さ以外にはなかったのだと思います。

退院後は、痛く、辛いリハビリが続きました。

術後のリハビリの痛みは、本人にしか分かりません。

大小凄い数の神経が通っている首の術創のリハビリは、相当辛いものだったようで、 夏に会ったときには首が自由に動かせない大変さが伝わってきました。

だけど、彼は家族と、自分自身のために頑張り続けました。

そして、ガンの告知から1年後の12月のある日、彼から、家族と鍋パーティをやるから来てくれと誘いを受けました。

他の取材を終えたあと、彼と彼の家族の待つ場所に向かうと、そこには術後の顔色が優れなかった彼ではなく、 子供たちに囲まれた元気のいい以前の彼がいました。

味覚も、奇跡的にほぼ正常に戻ったそうです。

彼と子供たちがすり鉢で擂って手作りしてくれたつみれ鍋をつつきながら、幸せって言うのは、 贅沢とかそんなんじゃなくて、普通でいられることなんだなぁって、思いました。

鍋の隣には、彼のお父さんがわたしのためにと釣ってきてくれたカワハギのお刺身が、たっぷりのキモと一緒に並んでいました。

ほぼ引退していたお父さんですが、彼の闘病に伴い現場に復帰、底冷えがする早朝の市場に立ち、 魚の仕入れからの一切を代わって支えてくれていました。

『これからもっと美味しいものを作りますからね!期待していてくださいよ』

そう話してくれた通り、彼は、鳥津康孝さんは、今まで以上に思いを込めて商品を作ってくれています。

わたしは、千人以上の生産者を取材し、彼らの人生に触れ、時には随分と踏み込んでもきました。

彼らの多くは「美味しい」という言葉を聞くために、こちらの頭が下がるほどの努力をされています。
それが仕事だといってしまえば、確かにその通り。

だけど、人は想いで動くものです。想いがこもった商品は、食べる人の心を動かし、「美味しい」という感性を刺激し、 楽しみを与えてくれます。

人生なんて、どこでどうなるかわからない。
だからこそ、わたしは今、自分に与えられた仕事や環境を大切にしていきたいと思っています。

だってね、大好きなんですもん。

来年もまた、美味しい商品とそれを作る優れた生産者を 探す旅を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします!

鳥津さんのことを特集した記事もご覧下さい!      

〈取材・文 猪口由美〉
これが漁師のくいもんじゃぁ

取材時の写真

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